劉輝は寝不足の頭をすっきりさせるため、議場の閉じられた扉の前で数回左右に振った。門番たちはきっと髪の毛がうざったいのだろうと思ったに違いない。 昨夜はあまり眠れなかった。幼いころの夜を嫌った原因――独りぼっちの不安とは別の嫌な緊張のせいで、どうにもなかなか寝付けず何度も寝返りを打った。その種は消えるどころかいよいよどうしようもなく育ってきているが、劉輝は王だから揺らいでいる姿を他者にさらすことは許されないし、許さない。 開け放たれた両開きの扉の内側に足を踏み入れれば、大官たちの射すような視線を一身に受けた。気が引き締まるというよりは、内臓を掴まれた気分になる。だが意地でも俯かなかったし、眉一つ動かさず玉座についた劉輝は彼ら全員を見返した。 会議開始の合図後、名を呼ばれた官吏達がぞろぞろと前に出てきて王の前で跪く。 どれも劉輝の知らない顔だ。この日のために特別に地方から呼び寄せた者たちだからだ。彼らの論功行賞――功績を見て恩賞を与える臨時会議が目的だ――というのが名目なのは誰の目にも明らかだった。それを知っている当事者たる地方官たちの顔はどれも緊張で堅く、青白い。――この会議は文字通り彼らの首がかかっている。 国が治まったからといって、それが王に不満を持つ者がいないということには簡単に結びつかない。まして地方では古くからの有力者が蜘蛛の巣のように張り巡らされた官制によって権力を奪われてきた歴史があり、地方の豪族と官吏達の間には確執が存在する。そして田舎では地域に根差した豪族たちが官位を得て中央から派遣された官吏よりも支持を集め、幅を利かせていることもあるのだ。 それが数か月前爆発した。白州の小さな村の豪族出身の下官の一人が農民を率いて暴動を起こしたのだ。 白州はもとから実りが少ない土地だ。それが長雨によりかなりの打撃を受けていると報告がきたため、劉輝は即座に倉を開放するように通達していたのだが、不運にもそれが行き届く前に事が起きてしまった。 この暴動は下っ端として一からやり直し中の側近たちの素早い対応によって、他に波及することなく収拾された。首謀者らは捕らえられ本来ならば現地で裁判が行われるのを、劉輝が貴陽に招集したのだ。その旨を告げた時、多くの官吏は片眉を上げ意外な顔をした。さらに不穏分子とみなされる地方豪族も臨時論功行賞と称し、断れないよう呼び寄せた。 戦には発展しなかったがこの事件により中央官吏に反発を持っている者が爆発する恐れが高まり、それをどうにかしようと言うのがこの会合だ。 首を垂れる者たちが発する空気は張り詰めているのは、彼らが論功行賞とは名ばかりで実際は見せしめだと知っているからだ。これは、狩りだと。 「面を上げよ」 ゆっくりと持ちあがった顔を劉輝は一つ一つ確認する。蒼白な顔面。怒りが籠った目。 恐怖。憤り。不満。 彼らは今さら後がないことを悟っているからこそ、今さらそれらを隠そうとしない。だが王に向けられる感情全てを劉輝は受け止めた。 その中で一人、顔色が青白いのは他と変わりないが静かな表情をしている者がいる。――周苛。彼こそが某道の首謀者となった官吏だ。 「それでは論功行賞を言い渡そう」 劉輝は王の威厳を保ったまま言い放つ。 ――大丈夫。絳攸も楸瑛もいいと言ってくれた。 心の中で劉輝は不安を打ち消そうと努力した。劉輝が最も信頼する、有能な部下たちが認めてくれたのだから。 側近たちはこの度劉輝が考えた処置を否定しなかった。ただくれぐれも隠密に、という助言通り彼ら以外には一言も中身を漏らさなかった。 ――大丈夫だ。 進行役に合図を送り書翰を受け取り、ゆっくりとした動作で紐解いた。 書簡に眼を落した瞬間、劉輝は僅かに瞠目した。直ぐに表情を消したが、静まり返った議場では心音だけが馬鹿みたいにドクドクと響いた。頭の中でも考えが浮かばない程混乱した。 ――ち、違う。これは、違うぞ。 書翰には劉輝の筆蹟とは異なる文字が浮かび上がっている。 誰かが書翰をすり替えたのだと頭では解ったが、実感が湧かない。悪い夢でも見てる気分だ。 黒々した墨がそのまま劉輝を吸い込んでしまいそうに深い。 喉が張り付いて、息を吸うだけで嫌な音が出そうだった。 手が震えないように、ゆっくりともったいぶるように、書翰を広げながら頭の中ではぐるぐると纏まらない考えをどうにか整理しようとしたが、出来なかった。 どう切り抜けるか。せめてここに絳攸か楸瑛がいてくれたら心強かったのに。 それでも側近のことを考えたら幾らか落ち着いた。長すぎる沈黙は不審を呼ぶため、目の前が暗くなりそうな程の緊張を抱きながら、劉輝は記憶を頼りに事を進めるしかないと腹をくくった。あの二人が認めてくれた決断なのだ。多少曖昧で少し違ったことを言ってしまっても、後からどうにか手をまわしてくれるはずだ、と絳攸に怒鳴り飛ばされそうなこと劉輝はを考えた。うむ、と心の中で唸る。 演技のために読みあげるようにもう一度視線を手元に落とす。すると妙な感覚に陥った。それをつかもうと考えてみる。 「あ」 思わず声が出てしまった。劉輝は慌てて口元を押さえた。 「主上、どうかされました?」 「い、いや何でもないのだ」 態とらしい咳ばらいが議場に響き、緊迫していた空気が一気に緩んだ。神妙な表情をしていた官吏の数人が劉輝をにらむ。しかし劉輝は書翰を穴があきそうな程見つめていてそんなことに気付かなかった。もしこの場に気心の知れたものしかいなかったら逆さにしてまで確かめていただろう。 でもそんなことしなくても、解っていた。劉輝の中であれほどまで張り詰めていたものが優しく氷解し、心は薙ぎのように穏やかになる。泣きたくなるような温かさを必死にこらえ、劉輝は目に力を入れた。 「では、言い渡すぞ」 場内に緊張が走る。 「周苛」 僅かにざわめいたのは、首謀者から読みあげるとは――と多くの大官が思ったからだ。死罪は免れまい、と。 劉輝は真っ白な顔をした周苛が数歩歩み寄り御前に首を垂れる。その動作を最後まで確認してから劉輝は口を開いた。 「そちを沛郷の長官に任命し管理を任せる」 息を飲む微かな音が重なり響く。一瞬の沈黙の後、どよめいた。 「主上!それはどういうことですか!?」 「そやつは倉を襲った官吏の風上にも置けない国賊ですぞ!」 「沛郷の管理をまかせるとは、それではまるで」 昇進ではないですか! 怒号が飛び交う。当人の周苛はこれ以上は無理と言う程目を丸くして、劉輝を見ていた。他の地方官たちも驚きで真っ白だった顔色が戻ったようだ。 「しゅ、主上。私は彼らが仰るように民を先導し倉を――……」 周苛が力を振り絞った様にようやくそれだけ言うと、官吏達は「そうだ!」「死罪を!」などの穏やかではないことを叫び、劉輝は多少頭を痛くした。会場をぐるりと見回し最後に周苛に眼を止める。野次が止む。険のある目で劉輝を睨みつける大官が多い中、数人は劉輝の意図を理解し、好意的とも悪意が籠っているともとれる視線を向けている者もいた。 「主上」 周苛の声はかすれていた。 「恐れ多くも申します。私はどなたかが仰ったように――国賊と呼ばれても申し開きができないことをいたしました」 「倉を襲ったのは確かに早急だったが、余は事前に倉を解放するよう白州に通達してある。それ故そなたの行為は国に仇をなすために行ったものではないことになる」 周苛の行為に悪意がないことは歴然で、命を掛けて民を救おうとしたものを死罪にするなど劉輝には出来ない。だがこのままではそれは免れないから必死に考えて、中央に呼び寄せた。 「こんなことを許したら義賊だと称し倉を壊して回る者が現れますぞ!それでも国賊を許すおつもりですか!?」 「こんなこととは?」 「暴動です!」 「ちがうな。暴動ではない。周官吏は勅命を知った上で行動したのだ」 「確かに主上は文を飛ばしたようですが、その前にこやつは倉を襲ったのでしょう!?」 高官たちに背を向けた周苛は議論に目を白黒させながら劉輝を見ている。 「甘言により人心を惑わし武力行使を先導するなど官吏として失格です!」 「白州府に確認したら倉を即刻解放せよと余が認めた文は倉が壊される前日の夜には届いていた。周官吏はその内容を知って呼びかけ、応じなかったため行動に出たのだ。余の命令をいち早く遂行するため。そして白州の民のために」 最速便で送った文は重要度が増すため、高位の者に優先的に渡される。田舎の下っ端官吏の周苛に知らせが届くのが少し遅かったのかもしれない。それも豪族出身だと煙たがれていた官吏ならば。 そしてお役所仕事らしくたんまりと無駄が多い手続きをしている最中に、事が起きたのだ。 実際は繋がっていない点と点を恣意的に結び付けた反則技のようなものだが理屈としては通る。 煮え切らない表情ながらも周苛を国賊呼ばわりする声はもうあがらなかった。 周苛の表情はもちろん劉輝の書簡の中身なんてその時は知らなかった、と言っている様なものなのだが他から見えないのを利用した。あっけにとられ過ぎて言葉を忘れてしまったのもちょうどいい。そのままもう少し何も言わないでくれ、と願った。 「余は戦争反対だからもうこのような事態は起こしたくない。いくら融通がきかないごうつく官吏がいたとしても今後は話し合いでケリをつけて欲しいな」 直訳すれば以後武力行使は認めない、としっかりと釘をさすことも忘れない。今回は勅命があったから大目に見るが次は無いぞ、と。 「し、しかし。昇進させるのは――」 なおも上がる不満に劉輝は、なにを言っているのだ、と前置きした。 「初めから余はちゃんと言ったぞ。知った上手みんな集まったのではないか」 何を?と顔だけで問う官吏たちに、劉輝は堂々と言い切った。 「これは論功行賞の場だと」 その場にいた多くがぽかんと口を開けた。完全完璧名目上のもので実際は処罰を言い渡すと思っていたのに。だから劉輝が論功行賞をする、と言った時誰も反対しなかったのに。まさか本当だったとは。 今さら騙ったな!などと言っても仕方がない。劉輝は確かに本当のことを告げていたのだから。ただ、裏の意味を考える事に慣れている高官たちが、勝手に勘違いしただけでだ。 それには目もくれずに劉輝はただ一人、狐につままれたような顔をしている周苛を見る。 「それで周苛。引き受けてくれるか?」 ハッとした地方官吏は、一瞬顔をゆがめて跪拝の礼を取った。深く深く、頭を下げ、m震える声が上がってくる。 「身に余る光栄でございます」 「白州のためにこれからも尽力してくれ」 劉輝はその姿にこの日初めての微笑を浮かべた。 再び書翰を眺める。 そこに書かれているのは絳攸の字だった。動揺してたから初めは解らなかったが、劉輝が毎日見ている筆跡に間違いない。 劉輝の右腕。最も信頼する部下が何故こんなこと――内容は変えずに順番だけを変更した書翰にすり替えたのか。 ――絳攸め、意地が悪いぞ。 苦々しい思いを抱きながら内心で毒づかなければ、劉輝は泣いてしまうかもしれない。感謝していた。でも本当に焦ったのだから、ちょっと文句が出てきても許されると思った。 絳攸の意図などもはや考えるまでもない。この会場がその答えを示している。 「さて、引き続き処遇を発表させてもらうぞ」 劉輝にもはや迷いは一切なかった。ピリピリとした空気はもうどこかへ行ってしまって、憤慨している中央官吏はまだいるものの、劉輝の意図に気付いた者も半数くらいに上り、異様な雰囲気に包まれている。 呼び出された不穏分子と目されていた地方の豪族出身官吏たちは、すっかり棘をひっこめ毒気が抜けたような表情で跪いている。それを確かめて、見えぬように僅かに口元を緩めた。 劉輝はそうして最後まで書翰を読みきった。 ※※※ 劉輝は執務室まで全速力で走っていた。護衛を撒き、とにかく飛ばす。温存なんて言葉は劉輝の頭の中にない。長い回廊の先にある角まできて、曲がろうとした時。 「主上、そんなに急いでどこへ向かうのですか?」 「そんな動きにくい服で走るな。転んで頭にたんこぶをつくる気か?」 突然後ろからかかった声に、劉輝はたたらを踏みながら足を止め、勢いよく振り返る。 腕を組んで笑う武官と、腰に片手を当ててしかめっ面をしている文官が立っていた。 「楸瑛!絳攸!」 息を切らす劉輝に二人は歩み寄る。何を言えばいいか整理がおいつかない頭で、劉輝は 駆け足で距離を埋めた。両ひざに手を置きながら肩で息をする。覗きこむように不機嫌な表情をしている方の側近を見た。 「こ、絳攸。その、あの書翰……。そなたが――」 「あんなに簡単にすり替えられるなど、全く羽林軍の警備はどうなっているんだ。いざとなったら蹴飛ばして殴って気絶させてでもやってやるつもりだったんだが、肩すかしをくらった」 「念のためにって絳攸は虎でも一発で眠らせることができる効果てきめんの睡眠薬も用意したんですよ。しかもお前も念のために持っておけ、と私まで唆して片棒を担がせるつもりだったんです」 楸瑛は懐から紫色の液体が入った小瓶を出した。そのまがまがしい妖しさに、劉輝はおののいた。虎も一発でこん睡状態なら人間に使ったら一発で昇天なのではないか、と思った。とにかく側近が犯罪者にならなくて良かったと安堵する。気が緩んだら一気にいろいろ込み上げてきた。 「殴りでもしたら私たちの方が処罰されるところでしたよ。そしたら昇進はもっと送れるな、と思うとひやひやものでした」 「念には念を入れたんだ。お前こそ白大将軍や黒大将軍がいたら仕方がない、て使う気満々だっただろ」 「あの二人はこの薬を投与したところでぴんぴんしてそうだけどね」 憤慨して見せる絳攸と隣でのほほんとありそうなことを言う楸瑛。 劉輝は呼吸を整え流れそうになるものを押しとどめる。曲げていた上体を起こし背筋をぴんと伸ばした。 ―――この気持ちをどう表現しよう。 「絳攸」 「ん?」 「余は、ビックリしたのだ」 「絳攸も意地悪だからね。危険を冒すより相談されたその場で助言すればいいのに」 「黙れ。どう見ても共犯者の癖に俺に全ての罪をなすりつけようなんてあさましいぞ楸瑛」 こんな一見するとやや物騒な言い合いの端々に、温かさを感じて視界が滲んできた。見られたくないから慌てて劉輝は俯いた。 「書翰を開いたら、余の字ではなくて」 顔が見えなくても涙声でどんな表情か予想がつく。絳攸は主君を泣かせてしまった事実に焦った。琥珀の髪の毛がかかる肩が揺れるのを見て、反省する。 「済まない、主上。あれでは呼ばれた地方官たちが納得しても中央の官吏達の気がおさまらないだろうと思ってあの後考えたんだ。連絡を怠ったのは俺の過失だ。…泣くな」 劉輝は首を左右に振った。絳攸が謝ることなんて何もない。劉輝は感謝しているのだから。 順番だけ書き換えられた書翰の効果は絶大だった。 劉輝は周苛の辞令を一番最後に置いていた。 見せしめなど一人で十分だ。他の者に恩賞を与えても周苛だけ厳しい罰則を与えれば、お前らもこうなりたくなかったら変な気は起こすなよ、という睨みをきかせる。中央官吏はそれで満足し、豪族出身の官吏たちの恐怖心を利用して地方の引き締めの一手を講じることになるのだ。 でもそれでは劉輝が目指す解決ではない。力技でねじ伏せたところで、根本の不満は解消されないままだ。 だが最も過酷な処罰を受けると思われていた周苛が真っ先に予想もしない様な昇進を言い渡されたため、残りの要注意人物視されていた者たちも含め罰することはないと示した。上質な紙のように蒼白な顔に血の気が戻り、劉輝を見る目の色は変わっていた。 罰することをせず、ないがしろにもしない。地方の現状を長い間見てきた彼らの功績を認めることで。実際、彼らは水害で橋が流された時など、古くからの人脈を利用し素早く対応にあたってきた。民たちの信頼の厚い彼らに頼まれては、協力しない訳にはいかないと、住民も積極的に普請に応じていた。 劉輝はそう言ったことを一つ一つ資料から拾い上げ、この昇進は公正なものだと示した。 中央にいい思いを持っていたかった彼らを処罰することなど、劉輝にはたやすいのに。だから彼らは御前で堂々と睨みつけた王の口からは、地方を思いやる言葉しか出てこなかったのに驚いた。細やかに地方情勢を調べ謝辞を述べた劉輝に、長年の反発心は急激にしぼんでしまった。彼らは負けたのだ。劉輝の懐の広さに、器の大きさに勝てない、と。この王は地方も大切にしてくれると解れば、何も言うことは無い。 全員が心から劉輝に頭を下げ、膝を折った。劉輝が退場するまでずっと。 官吏と豪族の間に存在していた確執は取り除けた。劉輝の力によって。 また会議に出席していた中央の百官たちも、長い間悩みのタネであった地方の掌握を得た劉輝を評価せざるを得なくなったのだ。 虎を一発で眠らせる妖しい薬を手に入れて足が付く危険まで冒して、絳攸とそれを手助けした楸瑛が劉輝にもたらしてくれたものは大きくて。 「そなたたちのおかげだ」 ぐすぐす泣きべそをかきながら、劉輝は精一杯の謝辞を述べる。すると何を言ってるんだ、と絳攸の声が頭上から降ってきた。 「あれを考えたのはお前自身だろう。俺はちょっといじっただけだ」 「そうですよ。胸を張ってください。項垂れているよりかしゃんとしているほうが格好いいですよ」 コクコク、と劉輝は頷いた。いつもは厳しい二人がこんな時に甘やかすなんて、反則だ。怒鳴ってくれさえすれば、劉輝の涙は引っ込んでカッコイイ王に戻れるのに。 例えば先王ならば危険だと思ったら、迷いなくそれらをことごとく切り捨てて行っただろう。 劉輝は違う。皆救いたい。劉輝を認めない者も含めて全員。きれいごとと言われても。 それが実現したのだ。 ――決めた。彼らは今までの数々の功績を鑑みて、昇進させる。彼らは地方の功労者だ。 そう告げた時、絳攸と楸瑛はいいでしょう、とあっさりと告げたのだ。 劉輝の左右には絳攸と楸瑛がいる。 劉輝一人じゃ不可能なこともこの二人がいれば、どんなに困難でも誰にものを言ってるのか、とさも簡単だと言う顔をしながら助けてくれる。そして本当に望みをかなえてしまうのだ。魔法でも使っているのではないか、と時々本当に疑いたくなる。 絳攸と楸瑛は重圧に押しつぶされ、挫けそうになることもある劉輝にとっては大きな支えである。 感謝の気持ちでいっぱいだが、ありがとうなんて告げたら側近たちはきっと照れ隠しに劉輝をいじめるだろうから、言わない。そのかわり。 「二人は余の自慢の部下なのだ!」 瞼に涙を残したままの劉輝は満面の笑顔を向けた。精一杯の感謝を込めて。 なのに絳攸に「泣くな!」と怒鳴られ楸瑛には「おや生意気ですね」と頬をつねられ、思わぬ仕打ちに劉輝は目を何度もぱちぱちとさせた。せっかくいい気分だったのに。文句を言おうと思ったら「行くぞ」「行きますよ」――我が君、と告げられ交互に頭をくしゃりとかきまぜられる。二人は既に背を向けて数歩先を歩いていて――。 その背中に思いっきり飛びついた。 2010/09/22 |