「…それでどうしたのだ?」 劉輝は聞いた。国試に及第したばかりの秀麗への嫌がらせが酷く、憤っていたところに慰めるように絳攸と楸瑛が彼らの時も似たようなものだった、という話を始めたのだ。そのやけに子供じみたものから陰湿なものまで様々で壮絶ないびりについつい聞き入ってしまった。最終的に嫌がらせも含めて精神面での強化が目的だと知った劉輝は、秀麗を心配しながらも強くなって欲しいと思うようになった。 「御覧の通り私たちは今の階級にいる訳です」 そんな言葉で片付けた楸瑛だった。ここで終われば和やかなのだが、劉輝は別のネタを持っていたため恐る恐る口を開いた。 「その、だな…。二人が配属される少し前に結構な人数の官吏が辞めているのだが、何かあったのか?」 絳攸と楸瑛は顔を見合わせた。目で促され楸瑛はにやりと笑った。 「おや、気付いてしまいましたか」 ――やっぱりか! 劉輝は冷や汗をかいた。最近人事記録を見る機会があって、ある時官吏の数が大量に減少したのに気が付いた。変だなと調べてみるとその九割以上が依願退職で、しかもその年というのが絳攸と楸瑛が及第した時なのだ。点と点の間に線が見えた気がした時、劉輝は人事録を見ながら震えた。 そして今の台詞。 この大量辞職の影にはなにかあると思っていたが、予想通りこの二人が関わっているのだ。 「一体お主らは何をやらかしたのだ?」 「やらかしたって失礼ですね。調べたのならおわかりでしょう?彼らは勝手に辞めたのですよ」 「そうだ。俺たちが何かしたっていう証拠も何もないだろう」 確かに何もない。辞めた官吏も絳攸も楸瑛も罰せられたという報告は残っていない。しかし何もないがゆえにばれないような完全犯罪はたまたそれに近いことをしでかしたのだと思うと、劉輝は秀麗のところに飛んで行って慰めて欲しくなった。側近が有能なのは大変誇らしく幸せだが、同時に底知れないのが怖い。 そんな劉輝の心情を察したのか楸瑛がいたずらっぽく笑いながら言った。 「そういえば私が官吏になってすぐに絳攸と街中をうろうろしていた時偶然数人の輩に囲まれた事がありまして。なにか勘違いをしていたみたいなのでやんわり注意したら彼らは直ぐにどこかに行きましたよ」 「ああ。中には見知った顔もちらほらいたからちょっと話したんだが、もの凄い速さで飛ぶように消えて行ったな」 絳攸までもがなんてことないようにさらりと言って、劉輝は泣きそうになった。 精神的に鍛えられた云々言いつつ、しっかりとしかも即座に仕返しをしたのだと思うと、ぞっとした。朝廷外なら因縁を付けた側もこの二人も官位を超えて上下関係なしに向きあえるから、乱闘でもしない限りお咎めなしだ。そして絳攸と楸瑛は天下の紅藍両家で、頭が回りすぎる程回る二人と片や喧嘩を売ったのは叩けば埃が出るような官吏ばかりに違いなく、どちらに分があるかなど一目瞭然だ。 本当に何かを言っただけなのだろう。ただし紅藍両家の者として。いや、二人にそのつもりがなくても相手は勝手にそう受け取るのだ。 問題を起こさずしかし効果は絶大だ。彼らの逃げっぷりを想像すると哀れで、どうか幸せに、と八仙様に願いたくなる。 それを見越して新人いびりを率先してやっていた輩が行動に出るようゆさぶりをかけたのかもとか、どんな脅しをかけたかと思うと、小物だったのだろうが彼らが可哀想すぎる。ほんのちょっとの悪意に対しての仕返しとしては法外だ。 「私たちもあの頃はまだ若かったですからね」 ふっと一瞬遠い眼をした楸瑛が、満面の笑みを劉輝に向けた。 「とにかく私たちはなにもしてませんよ。偶然です偶然」 「そんなことよりそろそろ仕事するぞ」 「……はい」 この二人を本気で怒らせないようにしようと誓った、劉輝ニ十歳の春。 2011/08/10 |