小皿にのった小ぶりの白く丸い塊に、リオウはまたか、と思った。
 それを差し出すこの国で一番偉い人物は、全くそうとは思わせないホケホケとした雰囲気を漂わせているのもいつものことだった。
「さ、リオウ食べるのだ」
 何が嬉しくて毎回毎回手作りしてくるのか理解できない。しかも手芸の趣味もあるということまで知って、どこぞに嫁入りするつもりだ、と思い呆れた。
 お菓子から始まった府庫での相談室だが、いつの日からか劉輝お手製の饅頭になっていた。初めは一つ一つ大きさが違い、やや不格好な形で味付けにムラがあったりもした。「うう。先生に怒られる」と訳のわからないことを言って落ち込んでいたから「不味くない」と言ったのが饅頭地獄の始まりだった。
 日に日に丸くなり、皮も薄く蒸す時間もちょうどいいのか冷めた後でもふんわり柔らかくなった。日々の努力を感じ、もっと他にすることがあるだろう、と思いながらも美味しくなっていくのだから文句は言わない。それに自分の時間は誰がどう使おうと自由だ。
 ――そう。夜中の府庫で本を読んでいようとそれはリオウの勝手なのだ。
 だが紫劉輝とばったり府庫で顔を合わせて成り行きでお悩み相談をする羽目になったリオウは毎回読書時間を邪魔され続けている。邪険に扱おうともめげずに話しかけてくるから、ちゃっちゃと適当に相槌を打った方が手早いと悟った。
「どうだ?美味しいか?」
 きらきらした瞳で毎回のように嬉しそうに聞いてくる劉輝にリオウが返す答えはいつも決まっている。
「不味くない」
「またそれか!余の自信作なのに!いつかリオウに美味しいと言ってもらうのが余の夢なのだ」
 どんな夢だ、とリオウは心の中で突っ込んだ。
 ちなみに劉輝は毎回自信作だと言って持ってくるから、このやり取りは二人にとっては挨拶の様なものだ。
 はじめて口にした時、茶州で数回食べた秀麗の饅頭とどこか味が似ている、と思った。勿論出来栄え自体は比べるまでもないのだが、リオウのために用意された饅頭なのだと思うと内側から沸き起こる何かに逆らうように、全て平らげる。
 そしていつもの如く劉輝が勝手に色々話しだした。
 そして今日も今日とて劉輝のお悩み相談の時間帯に突入した。

「――幽霊殿は違うな……」
 この一言でどうやら劉輝がリオウを府庫の幽霊だと勘違いしていたことが判明し、肩を落とした。饅頭はお供え物のつもりらしく、呆れながらもちょっとだけ嬉しく思っていた自分をリオウは蹴り飛ばしたくなった。
「絳攸と楸瑛が府庫の幽霊は饅頭が好きだと言っていたのだ。お主は二人が見た幽霊とは違うようだが、幽霊は饅頭が好きなものなのだな、と思っていたのに」
 色々間違った方向に納得している劉輝にリオウはどこから突っ込んでいいのか解らなくなって眉だけ思いっきり下げた。だいたい幽霊は物食べないだろう!側近二人はなにを見たのだ。
 リオウの表情を見て、何を勘違いしたのか落ち込まなくていいぞリオウ、と言ってポン、と肩に手を乗せられる。
「明日も手によりを掛けて饅頭を持ってくるからな」
 妙に力が籠った声に、リオウは勘違いを訂正する気もなくなった。劉輝は相手の士気をそぐ天才かもしれない。
「……期待しないでおく」
「そこはがっつり期待してくれていいのだぞ!」
 なんだか経験したこともないのに犬に懐かれた気分だとリオウは思った。
 ――この饅頭は嫌いじゃない。

 そんな府庫の会合はまだまだ続く。






2011/08/10