呼ばれたと思ったら妙にそわそわしている祖父を不思議に思いながら、リオウは門下省へ足を踏み入れる。そこには珍しく凌晏樹や司馬迅、孫陵王がおらず、旺季と二人きりになった。
 何の用だ、と口火を切ろうと思ったらそれより早く「これでも食べろ」と小皿に入った饅頭を勧められあっけにとられた。意図は解らなかったが、取り敢えずリオウは断ってからお茶を淹れた。
 これではまるではたから見たら家族水入らずの微笑ましい風景みたいだ、と自嘲気味に思った。実際はまるで違うのに。
「最近どうだ?」
「どうとは?」
「え、あのほら」
 孫陵王がいる時に「会話のきっかけが解らない」と呟いたら「そんなの最近どう?で十分だ」と言われたから使ってみたのに。全然だめじゃないか、アイツ使えん!と旺季が思っていることをリオウは知る由もない。
「副官がいないと仕事は大変じゃないか?」
「そうでもない、です。それにまだ新しい令尹を迎える気はありません」
「そうか」
「………」
「…………」
 こんな感じで会話は続かなくて息苦しいのだ。話したいことが思いつかなくて気まずいのに、離れたくないという複雑な気分だ。
 間を埋めるようにリオウは饅頭を一口食べて目を見開いた。
 ――この味は―――。
 劉輝が以前よく府庫に持ってきてくれたものと似ている。
 ――似すぎている。
 ある噂をリオウは思い出した。祖父の名前が出るだけで、なんとなく耳を傾けてしまうのがもうすっかり習慣になっているのだ。
 指にけがを負っているのが目に入る。
 目が饅頭とその指を何度も往復し、最後に祖父の顔で止まった。
「ど、どうだ?」
 祖父の表情は真面目だが、百官の視線を一身に浴びようとも凛としている門下省長官の顔はなく、落ち着かない様子だった。
 リオウはあっけにとられた後、劉輝の顔を思い浮かべ肩の力が抜けた。
 おせっかい、と思ったがこうでもしなければ不器用な二人はずっと平行線のままだっただろうと思う。
 甘い餡が心にしみて温かくなる。
「うまい」
 ほっとしたような旺季にリオウは意外に思った。政治以外の場面ではこんなことで左右される人なのだ、と解っても全く悪い気はしなかった。それがなんだかこそばゆくて、顔を少しだけうつむける瞬間、ゆるりと穏やかに笑いながらリオウが淹れた茶を飲む旺季の姿が目に入る。
そこにいるのは政治家でも何でもなく、リオウの祖父だ。
 本当は、劉輝の作るものの方が味は上で、秀麗の菜はそれよりもさらに美味しいのだが、旺季の作った饅頭はリオウにとってはかけがえのないものだ。
 ――嫌われてるのかもしれない、と実は思っていたのが吹き飛ぶくらい。
 向こうから歩み寄ってくれたのだから、今度はリオウが頑張る番だ。おせっかいを味方につけて。
 慣れないせいか少し困ったような顔でリオウは心から笑った。
「今度俺にも作り方を教えて下さい、おじい様」
 一瞬驚いた顔をした後、旺季は見たこともないような柔らかい顔をした。

 ――そんな優しいひと時。






2011/08/102